日記

ダウン症児の育児。日々の雑感です。

ゆっくり

発達障害は最近話題だが、うちははっきりしてるのでいわゆるグレーゾーンの悩みはない。

その悩みがないからか、なんとなく日々を過ごしている。相変わらずウーウーアーアーしか言わずに、オムツも取れない。じゃあ何かしてるのかというと妻は頑張ってくれているが私は特に普通通りにしか接していない。

流石にあと1年チョットで小学生なのでもう少しできた方がいいなというのが本音。単にチビだけのことであればサポート体制もあるのかもしれん。

しかし小学校でニコニコしてウンチ漏らしてウーウー言ってるの〇〇の弟で。と兄貴は周りから認識されることになる。子供は素直に表現するからな。今でもあるのかもしれない。

あんまり喋らない長男がボソッと友達同士の会話で匂わせることがある。

あたり前かもしれないが、それなりに理解してきている。

私のハードルが一つ上がった気がする。

ゆっくりという言葉を親はどこまで拠り所にして良いのだろうか?

個人差があるのが子育て、普通なんてない。いずれも真理をついたものだが、年齢を重ね実際に具体的に困った事態に遭遇した際は、親がゆっくりだからというだけでは、周りのサポートは得られない。そのときゆっくりという言葉は周りにとって途端に親のいいわけに聞こえそうな気がする。結局その問題を解決するための具体的な行動を起こすことになる。

それなら課題が社会生活で顕著になる前に、ここまではこの年までにできるようになろうといった指標やその方法みたいなものはないもんかね。

これもただの焦りなのかな。

 

 

 

 

今年の成果?

早いもので今年もあとわずか。

今年うちのチビができるようになったこと。

自分で靴を脱ぐ。(まだ履けない)

ズボンをはく(やわらかいズボンのみ)。

ズボン、オムツを脱ぐ。(上の服は脱いだり着たりはできない)

歯を磨くときおとなしく口を空けて身をまかせてくれる。

(以前は歯ブラシをかみ続けて磨けなかった。)

とにかくテレビにでてくるものをまねる。

語尾がなんとなく言葉になっている。

(む~す~んで、ひらい~て は ・・・で、・・・て みたいな感じ。

 でも、大半はう~。う~。あい!)

 

まっ。こんなもんでしょ。

 

 

近況

久しぶりの投稿である。

なんだか普通すぎてあまり意識しなくなってきているが、常にチビちゃんと接している妻の負担を考えると、何もわかっていなさそうな夫が理解した風に見えるのは妻は苛立つんだろうな。

ゆっくりだけどできるようになるよとは言われるが、オムツがいよいよサイズアウトしそうでなんとも。オムツも気づいたらモワッと臭ってくる始末。

これを毎日対処している妻には頭が上がらない。

一区切りがある会社の仕事と違いエンドレス。ゴールのないマラソン大会にずっと参加してるんだもんな。そりゃ夫に当たるしかないわな。

それでもチビちゃんたまに奇跡の可愛さを見せ、そして、ツッコミどころ満載の言動をしてくれる。

ポンコツゆえに愛される出川さん?みたいな感じなのかな。

まわりの方々には本当に可愛がってもらっていることは確かなようだ。ありがたいことである。

 

 

 

 

 

お引越し

といってもブログのお引越し。はてなダイアリーからはてなブログに移行しただけである。パソコンを持ち歩かないので、アプリのある方が書きやすかろうということで引っ越してみた。

 

はっきりしてるのは境界線で揺れ動くよりは気が楽なのかな。別に人に言われたことばではないが、ダウン症の確定診断を受けるまでの淡い希望とあきらめが交差する苦しい日々を考えると分かる。

その苦しみがないことが、少し気を楽にさせているのかもしれない。

まあ、子育てもみんなさまざまで”普通の子育て”なんてものはないのだろうが。

 

 

幼稚園

チビちゃんが入園して約2か月。相変わらずあーうー言っているが、表情や表現はなんとなく豊かになったような気がする。自分でくつは脱げるようになった。トイレはだめだが。
こういう子供の特徴なのか、興味のおもむくままに行動し、愛想は振りまきまくっている。
こわもての人にもどんどんアプローチをしていく恐ろしいコミュ力。見習いところであるが彼にしかできない技のような気もする。

今は、園の中でも一番の年下なので、周りからもかわいいで済んでいるが、この先どうなることやら。・・・と将来のことを考えても暗くなるので、深くは考えていない。

神童と呼ばれた人が、将来引きこもりになってしまうこともある世の中。
最初の期待値が低い分、いわゆる普通の出来事を喜びに感じさせてくれる。

私の日常は、仕事終わって家に帰って飯食って、風呂入って、テレビ見ながらお茶する。
できる一流サラリーマンなら勉強でもするのだろうが、私は今はそれが心地よい。

行進

渋谷で昨日行進してたなあ。久々にそれがらみのニュースを見た気がする。
ああいう場で正直晒し者になるようになる勇気はないなあ。

自分にダウン症の子供が生まれてよく町で、ダウン症の人をみかけるようになった。
でもおそらく出会っている頻度は、生まれる前と後でそう変わらないはずだ。
自分の神経が過敏になったから、より気付くようになっただけで。
以前の私はそういう人たちの存在には、ほぼ気づかなかった。
そんなふうに、世の中の人の中に分からないように紛れ込んで生きていければいいんだけどね。

正直あの集団に行進されると怖い、気持ち悪いという感情以外はないだろう。
親子のように深く関係する期間を重ねて初めてまあかわいいかな。と思えるのだから。
親の感情を世間一般の人に押し付けるのは一種の暴力だよな

ショックの強いものをアピールしているという意識があるのかなあ。
世間の人の感情が遠のいていかないように、丁寧にしてほしいものである。

不特定多数へのアピールでは、みんなどうすりゃいいのって感じで思考停止してしまう。
狭くても日常生活で関係している人に、少しでも理解してもらえればそれで御の字でしょう。

年末調整覚書

年末調整の時期がやってきた。会社からの書類をいつものとおり書いている。
昨年も書いたが、扶養控除申告書の障害者の枠がよくわからなかったので、覚書。
療育手帳bなので、一般障害者の扶養親族だそうだ。
ふと手帳を確認すると、期限が近い。次回はどんな判定になることやら。